「存在と時間」4 銀のロマンティック…わははバージョン
「現存在は、分析の出発点においては、或る特定の仕方で実在する差別のすがたにおいて学的に解釈されるものではけっしてなく、現存在が差しあたってたいてい無差別にとっているすがたにおいて暴露されるべきである。(中略)われわれは現存在のこうした日常的な無差別のすがたを平均性と名づける」(『存在と時間』第9節より)
「…と、偉そーに語った先生はナチを背負って権力にすりよったんだね」
「う~ん、さすがはハイデガー先生。奥の深い言葉だ…」
「そーかい?」
「そーだ。その言葉の意味がわかるか?」
「わかるよ、それぐらい。よーするにわりかし平均的日常的っぽいところに、存在的な問いやら存在論的な問いやらを解明する鍵はころがっているかもしんないって話だ」
「おまえがゆーととたんに格調が失われるのは なぜだ…」
【関連情報】
(古賀)
| コメント (0) | トラックバック (0)







最近のコメント