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2006年6月

2006年6月23日 (金)

落語『心に残る聖書の言葉4』

イエス様が山に登って群衆に向って語られた教え(山上の垂訓)

「私のために人々があなたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って悪口をいう時はあなた方はさいわいである。喜べ、喜べ。人間が迫害するのだと思うから腹が立つ。天があなた方に試練を与えるため迫害するのだと思いなさい。これすなわち天災だ」
「なに、うちに来たのは先妻だ」
「人をさばくな、大岡越前守に自分がさばかれないためである。あなたがたがさばくそのさばきで、自分も一両を損し、あなたがたが量るそのはかりで、自分にも二両が量り与えられるであろう。裏は花色木綿」
「お金に裏をつけるやつがあるか」
「なぜ兄弟の目のちりを見ながら、自分の目にあるのを認めないのか。自分の目にはあるのに、どうして兄弟の目からちりをとらせてくださいといえようか」
「はりが落ちたぞ」
「どこに」
「地面を捜してやがる」

イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群集は驚いた。イエスが律法学者のようではなく、権威ある噺家のように、語られたからである。


マタイによる福音書(第5章~第7章)


(古賀)

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2006年6月10日 (土)

落語『町内の若い衆』 様々に役立つ貧毛類の巻

「さすがは兄い、見事なハンバーガーだ」「いやですよ。うちの人の手柄じゃありませんよ。町内の若い人たちがシャベルで土を掘ってこさえてくれたようなものですよ」
『町内の若い衆』

「その牛は本当に新しいか?」「見てみい、客人。手のひらの上でうねうねと動いてこないに新しいやないか」
『池田の猪買い』

「しからばこれは間違いなく牛肉100%と申すのか?」「へえ、もう牛の肉に相違ござりません。牛の証拠には、いまモウモウとなきまして」「これこれ、いかに牛であればとて死んだものがなくか」
『鹿政談』

「なあに100%なのは見かけだけのこと、半分は土でもう半分は龍でございます」
『半分垢』

「これ、もとはどこへ行った。もとはおらぬか。もとは見(み)ずか」「はい、けさほどハンバーガーになりました」
『もと犬』

「新しい商売を考えたんや。ハンバーガー屋や」「ハンバーガー屋?そんなのどこにでもあるやないか」「普通のハンバーガー屋とはわけが違うんや。まず飛んでいる大きなミミズをトリモチでつかまえて…」「ミミズは空飛ばへん」「そんなわけあるかい。ミミズ千匹で愚息も昇天とか言うやろ」
『天狗さし』

「んっ?このハンバーガーの肉は…」「どないしたんや?」「いや、何。そういえばうちの女房がよろしく申しておりました」
『熊の皮』

「さすがは姐さん、見事な名器だ」「いやですよ。うちの人の手柄じゃありませんよ。町内の若い人たちがよってたかってこさえてくれたようなものですよ」
『町内の若い衆』

【関連情報】

『ミミズバーガーを代表する、怪しげな材料の都市伝説について』


(古賀)

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2006年6月 7日 (水)

落語『しわい屋』

「小僧や。火がないよ。なーに、わざわざ起こすことはない。向かいの2ちゃんねるまとめサイトが景気良く炎上しているから、そこに行ってもらっておいで」
「行ってまいりました」
「なんだ?どうしてもらってこないんだ」
「旦那様に言われたとおり2ちゃんねるまとめサイトに行きまして『良く燃えていますねえ。少しでいいからこれを分けていただけませんか。いいじゃありませんか。どうせ灰になっちゃうんだから』と頼みましたら、もの凄い勢いで怒鳴られました」
「えーっ、何てけちな野郎だ…見てやがれ。今度うちのブログが炎上したって火の粉ひとつやるものか」

(注・演者によっては「ちぇっ、しょうがない。じゃあうちのまとめサイトを出して使え」と演じる場合もある)


(古賀)

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