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2010年3月

2010年3月22日 (月)

今日の更新情報(3/22)

★笛育新聞社(嘘ニュース)更新しました。

『聖職者がひどい虐待 ローマ法王が謝罪』

http://fueiku.cocolog-nifty.com/news/


(古賀)

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2010年3月10日 (水)

今日の更新情報(3/10)

★笛育妖怪館(嘘妖怪)更新しました。

『付喪神』

http://fueiku.cocolog-nifty.com/monster/


(古賀)

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2010年3月 7日 (日)

『日本人のための宗教原論』議論の進行状況(5)

『『日本人のための宗教原論』他議論用3』

『日本人のための宗教原論』議論 過去ログその1

『日本人のための宗教原論』議論 過去ログその2

『日本人のための宗教原論』議論 過去ログその3

『日本人のための宗教原論』議論 過去ログその4
(『日本人のための宗教原論』第7章)

http://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htm
(議論の進行状況まとめ)

(議論の進行状況まとめ)を見ていただければ、どういう経緯で議論がストップしているのか良くわかると思います。

小室先生が仏教を科学と言っているのは、たとえば経済学でいうケインズ模型(モデル)のような「経済的諸変数はすべて相互関係の中で決まる」という考えを、ナーガールジュナの解明した「空」の理論が先取りしていたというような意味です。少なくとも『日本人のための宗教原論』においては。


モデル、仮説、すなわち、アリストテレス論理学を用い、絶対の真理の存在を前提に考えられた論理に対し、ナーガールジュナの説いた、すべてのものを仮のものとする空の発想がこれなのである。
近代の科学が現代にいたりようやくたどりついた模型(モデル)は、すでに2000年近く前に仏教哲学が唱えていた理論でもあったのだ。
(『日本人のための宗教原論』P277)


「仏教は科学」だから、「釈迦が定めたもうた戒律を変更してもいい。」と主張しているわけではまるでありません。

「法前仏後」にしてもそうで、「神前法後」の場合は「神の命令は絶対である。ゆえに神の与えた戒律は勝手に変更してはいけない」という結論が論理的に導き出されますが、「法前仏後」の場合は法と戒律の関係が必ずしも明確ではない(戒律は法そのものではない)ため、「戒律は変更してはいけない」とも「戒律は変更してもいい」とも明確にはどっちとも言えません(「法前仏後」から論理的には導き出せない)。

その点については相手方の主張をきちんと整理してからさらに詳細に論じるつもりです。


(古賀)

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