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2010年2月15日 (月)

『日本人のための宗教原論』他議論用3

『『日本人のための宗教原論』他議論用2』での議論はこちらで継続します。

日本人のための宗教原論』議論 過去ログその1

『日本人のための宗教原論』議論 過去ログその2

『日本人のための宗教原論』議論 過去ログその3

『日本人のための宗教原論』議論 過去ログその4
(『日本人のための宗教原論』第7章)

http://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htm
(議論の進行状況まとめ)

現在『日本人のための宗教原論』第7章における小室先生の矛盾する主張(A)(B)を明確にするよう相手方に求めているところです。

なぜなら「『日本人のための宗教原論』における小室先生の主張はおかしい」というのがもともとの相手方の主張だからです。

こちらは必ずしも(今回の議論に関しては)積極的な主張があるわけではなく、相手方の主張する「『日本人のための宗教原論』第7章の間違い」がきちんと明確になってからそこに限定して同意なり反論なりする予定です。

現在の議論はあくまで「相手方の主張を明確にするステップ」に過ぎず、いわば本来の議論の準備段階だと理解しています。

議論の相手方はどうやら多少認識が異なるようですが、そのへんは議論の過程で調整していくつもりです。


(古賀)

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コメント

現在の宿題


私が小室さんの矛盾だと考えているのは・・

A 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してはいけない。

B 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してもいいです。

具体的にAの主張とBの主張は『日本人のための宗教原論』のどこに書かれているのですか?

おおくぼさんの言う「小室先生の(A)という主張と(B)という主張が矛盾している」の(A)と(B)が明確にならない限り、私は議論を先に進めませんのでそのつもりで。

投稿: 古賀 | 2010年2月15日 (月) 07時14分

古賀さんへ

私には、古賀さんが自分の興味のある部分だけを自分勝手に理解して、興味のないところは徹底的に無視あるいは、理解を拒否しているようにしか思えません。
また自分の提案を強引に押し付け、私からの提案を拒否しています。

また私からの質問の多くに未回答です。

これまでの議論をもう一度、読み返したらどうでしょう?

私は自分のブログに明快(あくまで私の基準で)に、「小室直樹のおかしなこと」を主張していきます。

このコメントも削除してかまいません。
古賀さんは、人を中傷することは平気でも、自分が中傷されることに耐えららないみたいですから。
これは嫌味ではなく、率直にそう感じただけです。

ただ、削除した時は「削除した」というコメントを入れといて下さい。
私は魚拓は取らない主義なので、削除したことを非難することはありません。

投稿: おおくぼ | 2010年2月17日 (水) 09時28分

>おおくぼさん

http://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htm(議論の進行状況まとめ)
をきちんと読めば、私がいかにあなたのわかりにくい主張をまとめてわかりやすくしようと苦労しているかわかるはずです。

はっきり言えば、「小室先生の(A)という主張と(B)という主張が矛盾している」の(A)と(B)程度のことをすぐに明確にできないあなたに問題があるのですよ。自分の無能力を棚にあげないように。


このコメントも削除してかまいません。
古賀さんは、人を中傷することは平気でも、自分が中傷されることに耐えららないみたいですから。

何か勘違いしているみたいですけど、「『日本人のための宗教原論』他議論用3をあげるまで待ってそれ以後はそこにコメントをあげてください」と言っているにもかかわらず、続けてコメントをあげたり別のところにコメントをあげているので消しただけですよ。
不都合なので削除したのではありません。自分に都合のいい解釈をしないように。

あなたこそ人をトンデモ扱いするのは平気なのに、自分はちょっとした批判にも耐えられない人間のようですね。

こちらで言うことに詰まった腹いせにまた「小室はトンデモだ!」と自分のブログで噴き上がるんだろうと思ったらあまりに予想通りなんで笑ってしまいました。しかも具体的指摘は一切なし。

くり返します。


私が小室さんの矛盾だと考えているのは・・

A 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してはいけない。

B 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してもいいです。

具体的にAの主張とBの主張は『日本人のための宗教原論』のどこに書かれているのですか?

おおくぼさんの言う「小室先生の(A)という主張と(B)という主張が矛盾している」の(A)と(B)が明確にならない限り、私は議論を先に進めませんのでそのつもりで。


投稿: 古賀 | 2010年2月18日 (木) 07時21分

>しかも具体的指摘は一切なし。


一貫すればいいというもんじゃないですが、一貫するというのは大変だったと思うんです。

最初はここまでしか読んでなかったので「具体的指摘なし」と書きましたが、その下に続いてますね。その点は訂正しておきます。

投稿: 古賀 | 2010年2月18日 (木) 08時52分

http://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htm(議論の進行状況まとめ

・・・は、どんどん議論がズレています。
歯止めをかけようと配慮はないのでしょうか?

また私が一生懸命説明しても、明確ではないというから、自分のブログで説明しているのです。
もし反論があるなら、私のブログにコメントをするか・・・。
あるいは、私のブログの記事に対する反論記事を古賀さんのサイトあるいはブログに書いて下さい。

このコメント欄に書いても、いたずらに流れて行くだけです。
今、このコメント欄は、連想ゲームのようになっているだけです。
そしてこのコメント欄に書くと古賀さんの興味ある話題以外は、一方的に無視されます。
これでは私の苦労が報われません。

この議論のキッカケは、私が「小室直樹さんを唐沢俊一を超えるトンデモだ」という決め付けに対する古賀さんの反論からです。
だから、私は「何故、小室直樹がトンデモか?」という証明をズッーとしているのです。
逆ギレではありません。

何でもいいますが、この議論には審判はいません。
またルールも明快ではありません。
だから、勝ち負けはないのです。
あるいは、勝ち負けの判断は各自に委ねられているのです。
『刃牙』を読んでいるなら、わかるのではないでしょうか?

また議論を止めたければ、いつ止めても結構です。
私はストカーではありませんので、「コメントをしないで欲しい」と言われれば、二度コメントしません。

私は小室直樹批判を続けますが、古賀さんのブログやサイトを批判する気はありません。

投稿: おおくぼ | 2010年2月18日 (木) 10時48分

>おおくぼさん


・・・は、どんどん議論がズレています。
歯止めをかけようと配慮はないのでしょうか?

わかってきましたが、おおくぼさんは自分に都合が悪くなると「ずれている」とか「議論が混乱している」と言いはじめるんですよ。

あなたが(A)と(B)を明らかにしさえすれば、議論は次のステップにすすめるし別の論点についても検討できるのです。

そんな単純なこともできないから「議論がズレている」ように感じるだけです。むしろhttp://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htmを読み直して順調に議論が進んでいるという感想を持ったぐらいです。あなたが(A)と(B)を明確にしないことを除けば。


また私が一生懸命説明しても、明確ではないというから、自分のブログで説明しているのです。

「一方的な主張をだらだら垂れ流すのは困る。簡潔に明確に主張してくれ」という意味で言っているのだから、自ブログに長文を書くのは完全に趣旨を取り違えています。


そしてこのコメント欄に書くと古賀さんの興味ある話題以外は、一方的に無視されます。

段階をおってやっていると言っているにもかかわらず、そういう頓珍漢なことを言うから困るのです。人のやっていることをちゃんと理解してください。私はむしろあなたによって議論が混乱するのを必死で食い止めているのですよ。


だから、私は「何故、小室直樹がトンデモか?」という証明をズッーとしているのです。
逆ギレではありません。

こっちでは小室先生の矛盾をいっこうに明らかにできないのにまるでこちらの議論のやり方が悪いように言いはじめ、こちらの質問には返答せずいきなり自ブログの方で「小室はトンデモ」とまるで腹いせのような長文を書いたので「逆ギレ」と表現したのです。通常の議論できちんと主張内容を明らかにできないにもかかわらず、他の手段で憂さ晴らししているという意味で。


あるいは、勝ち負けの判断は各自に委ねられているのです。

だから私としては「おおくぼさんの主張がおかしい」ということを明確にしhttp://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htmに残しさえすれば、それはそれで目的を達成したといえるのですよ。

「小室先生の主張がおかしい」と言っているにもかかわらずなぜかその矛盾を明確にできないとか。

私はよっぽどの確証がない限り人をトンデモ扱いしたりはしませんが、小室先生の主張よりおおくぼさんの主張の方がより大きく間違っているのではないかと疑っています。今回の小室先生の主張の矛盾を明らかにできないこともその1つだと考えています。

つまりどこに矛盾があるのか実はきちんと理解していないのではないかと。場当たり的に思いつきで「ここはおかしい」と言っているだけで、きちんと整理しさえすればそれは矛盾でも何でもないことがわかるのではないかと。

投稿: 古賀 | 2010年2月18日 (木) 12時45分

私がトンデモでもかまいません。
そう思うなら、検証すればいいだけのことです。
「と学会」の人達がトンデモある場合があるのですから。

私の小室直樹さんの「規範をなくす」という解釈に別の解釈を提示したのは、古賀さんです。
古賀さんの解釈が私にはよく理解できないから明確にして欲しいとう質問は、無視されたままです。
そして私は古賀さんの質問には全部、答えたつもりなのに、古賀さんが私の回答に満足してないだけです。

古賀さんはあまりに自分勝手です。
私のコメントを削除する権利は古賀さんにありますが、全部事後承諾です。
議論のルールは曖昧で、興味ある部分にしか反応しない。
こちら側の提案は拒否し、自分の提案だけ押し付ける。
「嫌ならコメントをするな」と言っているのと同じです。

この議論を始める前から、古賀さんは私と同じ暇人でダメ人間だと予想してましたが、確信に変わりました。

投稿: おおくぼ | 2010年2月18日 (木) 13時39分

横レス失礼します。
>おおくぼさん
興味深く読んでいたのですが古賀さんは辛抱強く対応しておられたと思います。おおくぼさんはかいつまんで少量づつレスされると良いんじゃないでしょうか。

>暇人でダメ人間
ネットなんざやってるヤツは全員ダメ人間と塩山芳明さんも言ってますねぇ、もちろん私も。でも特定の人間を名指しするのは笛育市更新日記を楽しみにしている皆さんも不快だと思いますがいかがなものでしょうか?

余計なお世話ですかね、申し訳ないです。

投稿: 猫遊軒猫八 | 2010年2月18日 (木) 17時49分

>おおくぼさん

結局のところあなたが

「「小室先生の(A)という主張と(B)という主張が矛盾している」とあなたが言っているところの(A)と(B)を明確にする」

という単純なことができれば議論は次のステップに進むのに、それができないから因縁をつけてるだけとしか思えないんですよね。


私の小室直樹さんの「規範をなくす」という解釈に別の解釈を提示したのは、古賀さんです。
古賀さんの解釈が私にはよく理解できないから明確にして欲しいとう質問は、無視されたままです。

あなたも私が質問したことを、ずっと無視されているのをお忘れなく。http://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htm
でいえば『古賀の意見(3)』です。

特に

(2)

>くり返しますが「実質的撤廃」と「仏教を否定し、釈迦の教えを否定するに等しい行為」はイコールでありません。私はそれを分けて考えていますし、分けて論じるべきです。

私の解釈では、小室さんはイコールで使っていると思います。
これは三段論法です。
A=B
B=C
ゆえにA=C

そうですか。それでは三段論法で説明してください。
あたり前ですがいくら三段論法になってもAやBの定義が正しいのかという問題が残ります。
三段論法の形にしてから,AやBの定義が正しいことをきちんと説明してください。

は、非常に重要なことですのに、なぜかスルーして返事をいただいていません。おおくぼさんにここを明確にしていただかければ「規範をなくす」という解釈についての議論は先に進めませんね。

私は順番から言って「「小室先生の(A)という主張と(B)という主張が矛盾している」とあなたが言っているところの(A)と(B)を明確にする」という方から先に片付けないと混乱すると思ってそちらを先にやっているだけです。


私がトンデモでもかまいません。
そう思うなら、検証すればいいだけのことです。

すでにあなたが「小室先生はおかしい」と言いつつ矛盾を明確にできずその主張が言うたびにころころ変わり、しまいには自分のことは棚にあげて「議論のやり方が悪い」と因縁をつけて誤魔化そうとする人間であるということは明らかになってます。

私はあなたと違って結論だけ先に出して支離滅裂な理由付けをくっつけたりはしません。慎重に段階を追って小室先生の主張のおかしな点とおおくぼさんの主張のおかしな点を明らかにしていくつもりですよ。

>猫遊軒猫八さん

ありがとうございます。見ている人にできるだけわかりやすい議論をこころがけているつもりです。


投稿: 古賀 | 2010年2月19日 (金) 07時23分

>おおくぼさん


古賀さんはあまりに自分勝手です。
私のコメントを削除する権利は古賀さんにありますが、全部事後承諾です。

私の削除理由はきわめて明確です。

(1)短期間に大量のコメントをする。
(2)「新しいエントリを立てるまで待ってそちらの方にコメントを」と言っているのにもかかわらず無視して古いエントリにコメントをする。
(3)「新しいエントリを立てるまで待ってそちらの方にコメントを」と言っているのにもかかわらず全然別のエントリにコメントをする。

だから「暇人でダメ人間」とかそういう謂れのない誹謗中傷を理由に削除することはありませんからご安心を。

むしろ「おおくぼさんはまともに反論できなくなると謂れのない誹謗中傷をはじめる人間」ということを議論を見ている人に強く印象付けることができて私にとっては好都合です。私はおおくぼさんと違って根拠に乏しい印象操作をするのは嫌いなので。

投稿: 古賀 | 2010年2月19日 (金) 08時53分

猫遊軒猫八さんへ

余計なお世話ではありません。
むしろ歓迎です。

>ネットなんざやってるヤツは全員ダメ人間と塩山芳明さんも言ってますねぇ、もちろん私も。

私はネットをしている人全員がダメ人間だとは思いません。
私は、古賀さんと私は同類だと言っているのです。
私には自覚があるけど、古賀さんには自覚がなく、それが噛み合わない理由だと思っています。

確かに特定の人間を名指しにするは不快ですが、そもそも私が小室直樹さんを「トンデモと決めつて」、それに対する反論が、この議論のはじまりです。
もし古賀さんの返信コメントが「小室直樹さんを名指しで批判するなら、このブログへの書き込みを禁止します」だったら、この議論はスタートしなかったのです。

また唐沢俊一さんを特定して名指しにすることで、不快に感じている人もいると思います。

投稿: おおくぼ | 2010年2月21日 (日) 00時24分

古賀さんへ

たしかに仰る通り答えてない質問があることを思い出しました。
すいません、自分のブログに返信記事を書くつもりだったのですが、忘れていました。

>だから「暇人でダメ人間」とかそういう謂れのない誹謗中傷を理由に削除することはありませんからご安心を。

どんな理由であれ、事後承諾というのはどうなんですか?
私はあちこちのブログや掲示板から削除されたり、出入り禁止になった経験があります。
ほとんどが事後承諾でした。

削除を抗議するコメントを入れたら、承認制になってコメントが表示できなくなったり、コメントをしようとアクセスしたら、ブログ自体が無くなっていたことが何度かありました。

私には品格や常識が欠如しているのです。
悪気があってしたことではないですが、相手は物凄く不快感と怒りを感じたはずです。
削除イコール「二度過去込むな!」というメッセージだったのです。

投稿: おおくぼ | 2010年2月21日 (日) 00時34分

>おおくぼさん

私は議論のルールややり方をきちんと守らないように見えた場合は容赦なく批判しますが、議論外の総合的な人格批判にまでは及ばないよう自分なりに配慮しているつもりです。だからおおくぼさんのことを「ダメ人間」とか「トンデモさん」とかそういう風に言うことはありません。

「脳味噌がない」「日本語が読めない」等もあなたがきちんとルールを守らないように見えることについての怒りの表現で、本当にそう考えているわけではありません。


どんな理由であれ、事後承諾というのはどうなんですか?

先にあげた3つの理由の場合は承諾があろうとなかろうとどっちみち削除はします。そのかわりに私にとって不都合な発言だとか誹謗中傷だとかの理由では削除はしません。
(1)短期間に大量のコメントをする。
の場合は、私がコメントをするのを待って同内容のコメントをすればいいのだから問題はないと思います。(2)(3)についても同様です。
要は内容の善し悪しでは削除はしないということです。
もしおおくぼさんの方で不満というのであれば、これを機会に削除ルールを明確にしてもいいです。

「小室先生の矛盾する主張(A)(B)」についておおくぼさんの方で回答できなければ、今までの議論の経緯で「たぶんこうじゃないかな」というのを私がまとめてみます。それがおおくぼさんの目から見て正しければそれを元に、おかしければおおくぼさんに修正してもらったものを元に、次のステップに移るということでよろしいですか?

末木文美士先生の『日本仏教史』はなかなかいい本ですし文庫で手頃なお値段ですので、買っておくことをおすすめします。


削除イコール「二度過去込むな!」というメッセージだったのです。

私は形式的な理由であっさりと削除はしますが、削除にそのようなメッセージを込めようなどとは夢にも思っていません。

投稿: 古賀 | 2010年2月21日 (日) 09時48分

削除のルールを明確にしてもらえると助かります。

私は議論好きですが、ディベートをしているつもりは全くありません。
私の想定している議論には勝ち負けはありませんし、絶対的な終りはありません。
止めたいと思ったら、そこで終りです。

末木文美士さんの『日本仏教史』は、単行本で持っています。

戒律に関しては、小室直樹さんが褒めている平川彰さんの研究が詳しいです。

また春秋社から出ている『思想の身体シリーズ』の「戒の巻」には、末木文美士さんと松尾剛次さんのとの対談、「日本人にとって<戒>とは何か」が収録されています。
松尾剛次さんは、鎌倉時代の戒律復興運動の専門家で、多くの研究書&啓蒙書を出しています。

また東野治之さんの『鑑真』(岩波新書)では、最澄を、小室直樹さんと違う評価をしていて、興味深い啓蒙書となっています。

小室直樹さんの弟子の橋爪大三郎さんの『人間にとっての法とは何か』(PHP新書)は、師匠である小室直樹さんの影響を受けながら、大きな違いがあります。


私は形式的な理由であっさりと削除はしますが、削除にそのようなメッセージを込めようなどとは夢にも思っていません。

古賀さんのツィッターを拝見すると、いろんな議論をしているみたいですが、私には不毛に見えます。
中川淳一郎さんの労作『ウェブを炎上させるイタい人たち』(宝島新書)を読んで、ネット社会の理解を深めることをオススメします。
自分のブログでも紹介記事を書きました。

http://blogs.dion.ne.jp/tacthit/archives/9206516.html

私は他人をトンデモ批判しますが、私のトンデモは売名行為としてやっています(有名な人しかトンデモ名指ししません)。
褒められた行為ではありませんし、実際に多くの人から批判を受けています(自業自得です)。

参考 ↓

http://blogs.dion.ne.jp/tacthit/archives/4345028.html#comments

http://blogs.dion.ne.jp/tacthit/archives/5714637.html#comments


私には古賀さんが本気で、「私の小室直樹批判」を理解しようとしているとは思えないのです。
ただ単に自分の好きな著者の悪口を言われて、怒って、論駁しようとしているとしか思えません。
私が自分のブログに書くのは、このコメント欄に書いても、無視されたり、誤解されたりするからです。

>こちらで言うことに詰まった腹いせにまた「小室はトンデモだ!」と自分のブログで噴き上がるんだろうと思ったらあまりに予想通りなんで笑ってしまいました。しかも具体的指摘は一切なし。

私は以前から、「小室直樹はトンデモだ!」と書いてきましたし、古賀さんは私に対して苦言を呈したハズです。
「小室直樹はトンデモだ!」を、自分のブログに書いたのも、これが始めてではありませんし、こちらのコメント欄に通知していたので、「予想通りなんで笑ってしまいました。」と書かれても、ミクシィなどに隠れて書いているわけではないので、困惑してしまいます。

古賀さんが、本当に「私の小室直樹批判」を理解したいと思っているなら、私の提案を拒否されたり、説明、質問を無視されたりすれば困ります。
義務ではないので、答えたくない質問には答えなくてはいいですが、「答えたくない」と意思表示をしてもらわないと伝わったのかどうか不明です。

投稿: おおくぼ | 2010年2月23日 (火) 10時50分

>おおくぼさん


古賀さんのツィッターを拝見すると、いろんな議論をしているみたいですが、私には不毛に見えます。

不毛に思うのは勝手ですが「いろんな議論」はしてないですよ。良く読みなさい。


中川淳一郎さんの労作『ウェブを炎上させるイタい人たち』(宝島新書)を読んで、ネット社会の理解を深めることをオススメします。

「自分はお前よりネット社会を理解している」みたいなものいいはやめた方がいいですよ。ネット社会に対しては賛否両論いろんな立場からの著作があるのですから。

はっきり言って今の自分に都合がいい論説だから飛びついたとしか思えません。


私は他人をトンデモ批判しますが、私のトンデモは売名行為としてやっています(有名な人しかトンデモ名指ししません)。

そうですか。売名行為ですか。実にくだらないですね。


ただ単に自分の好きな著者の悪口を言われて、怒って、論駁しようとしているとしか思えません。

あなたがすぐに好き嫌いに問題を還元したがるのはわかりますが、誰でも自分のような低レベルと思うのはやめた方がいいですよ。

結局のところ、あなたは私が議論をきちんと進めているにもかかわらず、「自分の考えているのとは違う」と子供のわがままみたいにごねているだけなんですよね。

投稿: 古賀 | 2010年2月23日 (火) 23時51分

>おおくぼさん

次回のコメントに


現在の宿題


私が小室さんの矛盾だと考えているのは・・

A 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してはいけない。

B 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してもいいです。

具体的にAの主張とBの主張は『日本人のための宗教原論』のどこに書かれているのですか?

に対する回答が全く含まれていなかった場合は削除します。

少なくとも何らかの返答をするようお願いします。

投稿: 古賀 | 2010年2月24日 (水) 01時07分

前のコメント 1 ↓

>小室の考えでは「釈迦が定めたもうた戒律」から大きく変化してしまえばたとえ戒律があっても「実質的撤廃」といえる。

私が小室さんの矛盾だと考えているのは・・

A 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してはいけない。

B 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してもいいです。

AとBは矛盾です。
小室さんの公理は、仏教は「法前仏後」であり、法に沿っていれば、戒律は変更してもいいということです。
仏教に正典がないのも、その理由からです。
仏教が「科学に近い」という主張も、「法前仏後」だからです。
これは、あくまで私の解釈する小室説の仏教です。

投稿: おおくぼ | 2010年2月12日 (金) 11時42分

前のコメント 2 ↓

小室さんの文章 ↓


仏教では、初めに「如是我聞(私は、このように釈迦から聞いた)との一句さえつければ、誰でも、いつでも、自由にお経をつくることができた。
仏教の正典が決められてないない理由はいくつもあるが、1つには、釈迦の真説であると証明されたものは何1つもないことである。
それらの多くは、後世の創作らしいのである。

このようにいえば、必ず疑問がでよう。
どこの誰ともわからないような者が創作したようなものが、お経として通用するのか。
立派に通用するのである。

法華教はじめ、維摩経、般若経など、所謂大乗仏典は、みんな後世の創作であることが、いまでは、わかっている。
しかも、大切なお経として通っているのである。
その理由は、これらのお経が、釈迦の真説として立派に通ることが書いてあるからである。
インドには、超一流の哲学者や宗教家がワンサといる。
中国とでさえ比較にならない。
これらの哲学者、宗教家が目を通してみて、これはお経にふさわしい、これは駄目だなどと判定する。
お経にふさわしくないと判定された創作は、相手にされたくなくなる。
十分にお経にふさわしくしいと判断されたものだけが、お経として流布してゆくのである。
このように選別されて、大乗仏典は成立したのであった。
それらは、インドの超大学者、超大宗教家の厳しい篩(ふるい)にかけられているから釈迦の真意として信用できるのである。

このような解釈に納得できない人は、儒教の例がわかりやすいかもしれない。
例えば朱子(南宋の政治家、儒学者)である。
朱子は、古典の解釈に終始していた儒教に初めて哲学的方法を導入し、古典の研究方法を革新した。
              略

孔子が本当に述べたことだけを孔子の真説だとする立場からすれば、この批判は当然であろう。が、宗教において大切なのは歴史的考証だけではない。
哲学的洞察のほうがより重要なこともある。
朱子は、哲学的洞察力において、先代の諸学者を遥かに凌駕している自信があったのであろう。
朱子が1600年も後に孔子の真意を洞察しえたとすれば、釈迦没後千数百年後に、その真意が伝わったとしても不思議ではあるまい。

大乗仏教の諸経典は、このようにして成立した。
いきおい、それは厖大なものとなった。
それらが中国へ伝来したとき、位置付けが最大の問題となった。
こんなにたくさんのお教があるが、どれがどれほど釈迦の真意を伝えているのであろうか。
そこで、中国では、教相判釈(教判)が問題となった。
教判とは、お経のランク付けである。
このような有様であるから、仏教では正典の確定は問題となりえない。
いや、正典という考え方さえない。
ここまでがお経であり、ここから先はお経ではないという境界がない仏教には、正典という概念はないのである。

『日本人のための宗教原論』
172〜174ページ

前のコメント3 ↓ 



それとも比較2は(A)「仏教は科学に近い」についての説明で、矛盾はあくまで(A)「仏教は科学に近い」と(B)「釈迦が定めた戒律を絶対に守る」の間ということですか?

に回答お願いします。

回答は長くなるので、自分のブログに書きます。
  略
投稿: おおくぼ | 2010年2月11日 (木) 14時00分

古賀さんの前のコメント4 ↓


>おおくぼさん


回答は長くなるので、自分のブログに書きます。

そんな長い回答は主張を明確にするには必要ありません。

投稿: 古賀 | 2010年2月11日 (木) 21時13分



古賀さんは、明確しなさいと言ったり、する必要はないと言ったり、気分で変わります。

また小室直樹さんが・・・

「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してはいけない。
「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してもいい

・・・という言葉を文字通りには、本に書いてないから、ゆえに古賀さんは、「どこに書かれているのですか?」と質問しているのだと思います。

私は・・・小室さんの主張する「法前仏後」という理屈や、
>いや、正典という考え方さえない。ここまでがお経であり、ここから先はお経ではないという境界がない仏教には、正典という概念はないのである。

という表現が、「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してもいいという主張であると解釈しています。


投稿: おおくぼ | 2010年2月24日 (水) 09時52分

古賀さんのツイッターについての感想については謝罪します。
すいませんでした。

投稿: おおくぼ | 2010年2月24日 (水) 09時55分

>おおくぼさん


A 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してはいけない。
の根拠は小室さんの文章a
B 「釈迦が定めたもうた戒律」を変更してもいいです
の根拠は小室さんの文章b
という風に書いてください。

あいかわらずだらだらとわかりにくく書いてますが、要するにaについては「仏教は科学である」と書いてある文章と「法前仏後」と書いてある文章の部分を抜き出して書けばいいのだと思います。違いますか?

なぜ要点だけを簡潔に明確に書けないのかわかりません。
毎回おおおくぼさんが簡潔に明確に主張をまとめれば議論はスイスイと進むのに、それができないから議論が停滞するのです。


古賀さんは、明確しなさいと言ったり、する必要はないと言ったり、気分で変わります。

主張をきちんとまとめるための質問なのだから、あなたがいつもやっているように長くて要領のえない一方的な主張を自ブログの方にだらだら書かれても意味がないと言っているんです。簡潔に要領よくまとめるならこちらのコメント欄だけでまにあうでしょうと言っているんです。日本語読めないんですか?
こちらの言っていることを全く理解せず「気分で変わります。」などと言われてはたまりません。


古賀さんのツイッターについての感想については謝罪します。
すいませんでした。

何を今さら。
あなた議論が自分の不利になればどんなことでも言い出しかねない人間だということが良くわかりました。
実のところ、それを理由に議論を打ち切りにしようかと考えているところです。

議論を打ち切りにしたら、その後は私なりのやり方で小室先生の主張やおおくぼさんの主張の間違いを検証していこうと思います。

こちらもこれ以上あなたの私に対するここでの議論とは無関係な部分への批判がエスカレートすれば、全人格的な批判で応じざるを得なくなります。それは双方にとって良いことではないでしょう。

投稿: 古賀 | 2010年2月25日 (木) 06時40分

>私なりのやり方で小室先生の主張やおおくぼさんの主張の間違いを検証していこうと思います。

是非お願いします。
その時は、反論はこちらのコメント欄に書き込んでよろしいでしょうか?
それとも自分のブログに書いた方がいいでしょうか?
私が反論しても、同意を得ることは絶対にありえないと予想できますので。

>それは双方にとって良いことではないでしょう。

全人格的な批判は構いませんが、論理的な批判とは別にして下さい。
私は自分が人格的に最低であることを自覚していますので、全人格的な批判されるのは当然だと思っています。

私から見ると、古賀さんは、小室直樹さんの本を最初の頁から順番に論理的な展開を追って読んでいるようには感じられません。
古賀さんは否定していますが、柄谷行人さんのような「可能性の中心」で、小室直樹さんの本を読んでいるとしか思えません。
その読解方法は、私の読解方法ではありませんので、解釈が噛み合うとは思えません。

小室直樹さんの本は、トンデモという言葉が悪いというなら、別の言葉で言うと、ウソだらけの本です。
小室直樹さんは確信犯的なウソつきです。

1 自分の主張や論理の都合のいいように、歴史を歪めて解釈する。

2 自分の主張や論理の都合の説や事実だけを持ってきて、時期や対象が限定されず、自分の都合によって勝手にコロコロ変える。

3 矛盾があることやや誇張であることを知っていても、平気である(誇張表現と誇張でない表現の違いが判別不可能)。

これは全ての小室直樹さんの本に当てはまる訳ではなく、『超常識の方法』などの初期の本には当てはまりません。
例えば、『超常識の方法』は必要条件と十分条件についての記述は論理的に整合しているのに対し、『日本人のための宗教原論』の同じテーマの箇所は、支離滅裂な記述になっています。

この傾向は2000年以降に出た小室直樹さんの本の多くに、よくあてはまります。
これは弟子である橋爪大三郎さんの同じテーマの本と比較して読めば、記述の仕方、主張の違いから明確にわかります。
橋爪大三郎さんの本は、小室直樹さんの強い影響を受けながらも、小室直樹さんとは真逆な学者らしい誠実な本です。

投稿: おおくぼ | 2010年2月26日 (金) 10時27分

>末木文美士先生の『日本仏教史』はなかなかいい本ですし文庫で手頃なお値段ですので、買っておくことをおすすめします。

末木文美士さんの『日本仏教史』は優れた啓蒙書だと思います。
小室直樹さんの主張と重なる部分もありますが、決定的に違う部分もあります。
例えば・・・

重なる部分

「のちにこの大乗戒がしだいに実質的に守るべきものという意味を失って、その精神を身につければよいとされ、そのことが戒を形式させ、骨抜きにさせることになります。」

違う部分

「このように、最澄にすでに本覚思想に流れ込む現世主義的な要素はあるのですが、最澄自身は本覚思想とは一線を画しています。そのことは籠山12年という厳しい規定を定め、むしろ戒律の厳格化の方向をとっていることからもわかります。」

また東野治之さんの『鑑真』(岩波新書)や平川彰さんの『インド・中国・日本仏教通史』(春秋社)も参考にして下さい。

また宮元啓一さんの『般若心経とは何か ブッダから大乗へ』(春秋社)は、考証学的視点からナーガールジュナの中論が、釈迦本来の主張とは全く違うことを明快に説明しています。

また原始仏教の「戒」が、他のインド宗教に比べて厳格ではないことを説明しています。

小室直樹さんの著作を検証する時は、是非比較して下さい。

投稿: おおくぼ | 2010年2月26日 (金) 10時54分

>おおくぼさん


全人格的な批判は構いませんが、論理的な批判とは別にして下さい。
私は自分が人格的に最低であることを自覚していますので、全人格的な批判されるのは当然だと思っています。

まあ議論は実質的にこれで最後だと思うので言っておきます。

要するに
http://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htm
で私が明らかにした(注:☆古賀の意見(6)以降)のは、あなたには論理的な能力が欠如しているというはっきりした事実なんです。

単純な質問に対してきちんと回答を返す程度の能力さえないという厳然たる事実です。
矛盾していると言いつつ何が矛盾しているかさえ明らかにできないという明確な事実です。
一方的に主張を垂れ流しているため、本人にその自覚がまるでないのが決定的に問題だと考えています。

簡単に言えば、あなたは「これはAだ」と言っていたにもかかわらず、いつのまにか「これはB」「これはC」「これはD」になり、しかも本人の意識の上では最初から「これはDだ」と言っていたことになるのです。これでは論理的もへったくれもありません。
議論している方からすれば「これはAだ」という主張に同意していたはずなのに、いつのまにか「これはDだ」という主張に同意していたことになってしまうのです。

勿論それを回避するために、何度も何度もしつこいほどに「あなたはこれはDだと言っているが本当にDなのか。Aではなかったのか」と主張を徹底的に吟味しながら議論する方法(注:つまり私がやっていた方法)はあるのですが、あなた自身がそれをされるのを嫌がり色々と難癖をつけます。まるで自分の論理的能力の欠如が露呈するのをおそれるかのように。


その時は、反論はこちらのコメント欄に書き込んでよろしいでしょうか?
それとも自分のブログに書いた方がいいでしょうか?

ご自由に。
ただ前にも言ったとおり、短時間に大量にコメントされたり関係ないコメント欄にコメントが書かれたりすれば削除の対象になります。また議論と違って私は自分のブログの読者が納得するように書くだけなので、逐一コメントにおつきあいはしません。

以上です。

投稿: 古賀 | 2010年2月27日 (土) 09時05分

そうかもしれません。

でも、私には古賀さんも論理能力が欠如しているように思えます。
したがって、この議論は、論理能力が欠如している同士の議論なので、噛み合わないのは必然だと思うのです。

もし、「違う!」とおしゃるなら、『日本人のための宗教原論』の小室直樹さんの主張を、論理的に説明して下さい。

投稿: おおくぼ | 2010年2月27日 (土) 09時47分

>おおくぼさん


でも、私には古賀さんも論理能力が欠如しているように思えます。

そういう何も深く考えず、とりあえず反対したいから反対するみたいな脊髄反射のコメントはやめなさい(笑)。滑稽だから。

私があなたのことを「論理的能力が欠如している」と言っているのは、あなたとの長い議論の末、きちんと議論の経緯を
http://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/giron001.htm
に整理してまとめあげその上で言ってるんですから。あなたとは違うんですよ。

以上。

投稿: 古賀 | 2010年2月27日 (土) 10時50分

>おおくぼさん


もし、「違う!」とおしゃるなら、『日本人のための宗教原論』の小室直樹さんの主張を、論理的に説明して下さい。

小学生か、お前。

投稿: 古賀 | 2010年2月27日 (土) 10時51分

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