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2009年11月 8日 (日)

●火星のツァラトゥストラ

『唐沢俊一検証blog』にちょこっとコメントしたことの補足。

>現実に勝利できないときには価値体系を転倒して自分が
>上位に立てるような価値体系を作り出すのが唐沢さんの
>得意とする手法ですからね。

と書いたのは、唐沢さんがニーチェ風にいえばルサンチマン的思想の持ち主だとの考えからです。

ニーチェのルサンチマン(奴隷道徳)についての考えと、唐沢さんの元発言を並べてみましょう。

>すべての貴族道徳は自己自身に対する
>勝ち誇れる肯定から生まれでるのに反し、
>奴隷道徳は初めからして〈外のもの〉・〈他
>のもの〉・〈自己ならぬ〉ものにたいし否と
>言う。つまりこの否定こそが、それの創造
>行為なのだ。
(『善悪の悲願 道徳の系譜』ニーチェ全集11 P393)

>「プロレスとはそんなに偉いものなのか」
>という問いかけこそ、私がこれまで、ありと
>あらゆる分野に向けて発し続けたものである。
『裏モノ日記 2001年12月29日

こうして対比すると唐沢さんのものいいが「ルサンチマン」から発していることが非常にわかりやすい。自ら「ありとあらゆる分野に、『否』を発し続けてきた」と書いている。Kensyouhanさんが書いているように、そもそもあるジャンルが「偉い」か「偉く」なんて、ファンにとってまるで本質的な問題ではないのだが。

ちなみにニーチェ的に正しい(ルサンチマンにとらわれていない)プロレスファンとは、「プロレス自体に肯定的価値を見いだす人。他とくらべて偉いとも偉くないとも思わず単にプロレスが好きな人。『好き』ということに自足し、『好き』から出発する活動に満足を見いだす人」でしょうね。

すべての高貴なファン(マニア&オタク)は自己自身に対する勝ち誇れる肯定から生まれでるのに反し、唐沢俊一は初めからして〈外のもの〉・〈他のもの〉・〈自己ならぬ〉ものにたいし否と言う。つまりこの否定こそが、それの創造行為なのだ。」


【関連情報】

『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ。(唐沢俊一検証blog)

『ルサンチマン』(Wikipedia


『怨念戦隊ルサンチマン』((Wikipedia


(古賀)

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

>古賀さん
ルサンチマンですか……自分は唐沢の「××がそんなに偉いのか」はサルでもかけるまんが教室で慢心した相原を発狂した竹熊がボコボコにするじゃないですか、アレを思い出しました。唐沢に周りには竹熊に相当する人がいなかったのだな、と感じました。

投稿: 猫遊軒猫八 | 2009年11月 8日 (日) 21時26分

>猫遊軒猫八さん

>唐沢に周りには竹熊に相当する人が
>いなかったのだな、と感じました。

強いて言えばソルボンヌK子さんですかね。

竹熊さんといえば、伊藤剛さんの件で唐沢さんと対立した時は随分嫌な目にあったようです。

投稿: 古賀 | 2009年11月 8日 (日) 22時44分

永井均の『これがニーチェ』で興味深い考察は、「善人は真実を語らない」でした。

唐沢さんのようにウソばっかりというのも問題ですけど・・・。

>「つまりこの否定こそが、それの創造行為なのだ。」

バシュラールに『否の哲学」というのがあります。
従来の哲学に対する「反哲学」です。

あとルサンチマンで連想したのは、村上龍の『愛と幻想のファシズム』です。
「弱者が文明を作ったと」いうテーマです。

西原理恵子先生のギャグ漫画やくらたまの漫画も嫉妬がテーマです。
『だめーんず』では、「ルサンチマン」という言葉を解説してました。

投稿: おおくぼ | 2009年11月 8日 (日) 22時48分

>おおくぼさん

永井さんによればルサンチマンは克服するのではなく忘却によって無化すべきものだとのことです。

ルサンチマンによる否定性を極力排除した肯定性の哲学といえばスピノザの哲学が思い浮かびます。ニーチェよりも前なんですけどね。

投稿: 古賀 | 2009年11月 9日 (月) 00時11分

都合の悪いことは忘れるのがいいんでしょうか(笑)。

肯定の哲学とはドゥルーズを連想します。
ドゥルーズは、スピノザ=ニーチェ系列ということを語っていました。
ニーチェの書簡にスピノザに語った箇所があります。
その書簡では、スピノザの哲学は自分と同じで、高い山で二人きりであると書いてあります。
ドゥルーズの『スピノザ―実践の哲学』(平凡社ライブラリー)に引用されています。

スピノザと言えば、ネグリの『野生のアノマリ スピノザにおける力能と権力』
ネグリと言えば、「ロスジェネ」の人達に人気ありますね。

ところで最近、山崎豊子先生の研究書を読んでいるのですが、唐沢さんとの性格の類似に驚いています。
というか山崎先生は大作家だけあって、行動や発言も唐沢さんより過激です。
例えば、盗作疑惑を報道されると、逆ギレして、報道した新聞社を訴訟しています。

投稿: おおくぼ | 2009年11月 9日 (月) 00時50分

はじめてコメントします。
自説の繰り返しになってしまうのですが、

>自ら「ありとあらゆる分野に、『否』を発し続けてきた」と書いている。

という前段には、やっぱり唐沢俊一はそういう「ありとあらゆる分野」に(片っ端から?)恋焦がれていた時期も存在しているわけで、ニーチェのいう「貴族道徳」とか「奴隷道徳」という構図が適切なのかどうか私は疑問です。

「貴族道徳」というと岡田斗司夫の唱える「貴族階級としてのオタク第一世代」がほぼ当てはまりそうで、ならばソルボンヌK子ではなく岡田斗司夫が唐沢俊一に説教してやればよさそうなもんですが、言うまでもないですが岡田のこの説を私はまったく信用してません。

投稿: discussao | 2009年11月 9日 (月) 02時13分

見事な自己分析だと思うので、『社会派くんがゆく 復活編』から引用します。

「ぬるま湯みたいなこの状況にイラついている人々もいると見えて、ネットニュースなどのコメント欄には、過激なヘイトコメントを書き込む人がやたら増えた。
たかだが二十歳そこそこのジャリタレアイドルの態度が悪かったからと言って、死ねだのクソだの二度と人前に顔を出すなだのと罵る反応はそっちのほうが異常だと思うのだが、これは別に沢尻エリカという個別の人格が憎いのではなく、森羅万象天上天下、とにかく何でもいいから腹を立てるキッカケが欲しい人たちなのだと思う。
いらだつにしろ沸きたつにしろ、心に何か波風を立てないと、はたして自分は生きているのか、それともただせんぜんとして息をしているだけに過ぎぬのか、その確認ができないのであろう」
395ページ

投稿: おおくぼ | 2009年11月 9日 (月) 02時41分

>discussaoさん

『オタクはすでに死んでいる』への助走、いつも楽しく読んでます。

>ニーチェのいう「貴族道徳」とか「奴隷道徳」
>という構図が適切なのかどうか私は疑問です。

もう少し詳細な分析が必要かも知れませんが、基本的な構図は合っていると思ってます。ルサンチマンによる価値転換というのは、結局のところ、葡萄をとろうと苦心しながら結局とれなかった狐が「あのぶどうはすっぱいに違いない」とぶどうの価値を否定する行為ですので。ぶどうを「ありとあらゆる分野」に置き換えれば、ちょうど唐沢さんにピッタリではないかと。

>「貴族道徳」というと岡田斗司夫の唱える
>「貴族階級としてのオタク第一世代」が
>ほぼ当てはまりそうで、

この記事を書くときに『オタクはすでに死んでいる』のオタク貴族主義について記載された箇所を読み返してみたのですが、ニーチェの思想を取り入れたっぽい形跡がありますね。
ただ好意的に解釈すれば独自の思想になっていると言うべきなのでしょうが、やはり本来の「貴族道徳」とは違っているようです。

>言うまでもないですが岡田のこの説を
>私はまったく信用してません。

岡田さんの思想はまず自分に都合のいい前提を置くところから出発するので。
私も「貴族主義」「エリート主義」という世代分けは信用していません。

投稿: 古賀 | 2009年11月 9日 (月) 20時59分

>おおくぼさん

>肯定の哲学とはドゥルーズを連想します。

ドゥルーズは本人の思想を語った著作よりベルグソンやスピノザやヒュームについて語っている本の方が好きですね。

>ところで最近、山崎豊子先生の研究書を
>読んでいるのですが、唐沢さんとの性格
>の類似に驚いています。

誰かが山崎豊子先生の盗作研究みたいなサイトを作ったらそれはそれで面白いと思います。

>見事な自己分析だと思うので、『社会派
>くんがゆく 復活編』から引用します。

唐沢さんは意識して投げてるんじゃないかと思うぐらい、社会派くんでは豪快にブーメランを飛ばしますね。

投稿: 古賀 | 2009年11月 9日 (月) 21時11分

唐沢さんは自分を棚上げするのが得意なんだと思うんです。
ブーメランというか、自分を射撃の的にしているというか・・・。

>「誰かが山崎豊子先生の盗作研究みたいなサイトを作ったらそれはそれで面白いと思います。」

山崎先生の盗作研究は充実しているのですが、ネット上ではなく、本というアナログで、しかも絶版が多いのが残念です。
だから、自分のブログで紹介したいと思っています。
読んで思ったのは、唐沢さんは山崎さんをマネしたんじゃないかという感じで、ほとんどデジャブーな感じです。
歴史は繰り返す、二度目は喜劇として・・。

投稿: おおくぼ | 2009年11月10日 (火) 20時10分

>おおくぼさん

>山崎先生の盗作研究は充実しているのですが、
>ネット上ではなく、本というアナログで、
>しかも絶版が多いのが残念です。

これも盗作で有名な田口ランディさんは検証サイトも検証本もあるようです。

山崎先生と唐沢さんとが似ているとのことですが、ランディさんとも結構類似点があるんじゃないかと、そこが気になります。

投稿: 古賀 | 2009年11月10日 (火) 22時52分

田口ランディ盗用検証本は、 『盗作の文学史』の栗原裕一郎さんも参加されている本ですね。

でも、私が問題にしているのは盗用(盗作)ではなくて、盗用疑惑が起きた時の態度なのです。

田口ランディさんと山崎豊子さんは盗用の手口は似ていると思いますが、疑惑が起きた後の態度は違うと思うのです。

私が山崎豊子さんに興味が沸いたのは、盗用の手口ではなく、盗用疑惑に対する対応の仕方なのです。

大企業でも、謝罪の対応の仕方が注目されます。
それと同じことなんです。

投稿: おおくぼ | 2009年11月10日 (火) 23時20分

ふううむ……。
ニーチェは道徳とか大儀のようなものの根本を「階級性」とか「立場の違い」に求めているんですね……。なるほど。「ユダヤ人のローマ人に対する屈託(?)」とかいう話なのか。いや、勉強になりました(今さら><)。

岡田斗司夫の場合はニーチェの影響というよりも、「ノーブレス・オブリージ」という発想じたいにニーチェの影響が及んでいるせいだろうと思います。ニーチェは読んでだことあるのかなぁ(と、自分と一緒に考えてはいけないか)。

投稿: discussao | 2009年11月11日 (水) 06時24分

ニーチェは唐沢俊一的だと思う。
というか、唐沢俊一さんがニーチェ的なんでしょうけど・・・。

自己陶酔がひどくて、思いつきを真実の如く語り、他人や社会の悪口ばかり。

投稿: おおくぼ | 2009年11月11日 (水) 09時30分

前に古賀さんに紹介された宮台真司さんと唐沢俊一さんの対談(正確には鼎談)を読むと、唐沢さんは、男性原理の影響で、ある年齢以上の日本男性は苦労していると発言しています。

偉いと思えるものに戦いを挑んで、むりやり対立関係にならないと気がすまない男性原理の悪影響だそうです。
そしてヘーゲルのように・・・とを言っています。

鼎談の時期からすると、小林よしのりのマッチョ思想論争の頃かな?
歴史教科書がどうしたみたいな話だし・・・。

投稿: おおくぼ | 2009年11月11日 (水) 15時39分

経済系のアルファーブロガーの池田信夫さんの10日づけの記事がニーチェのルサンチマンでした。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51309750.html

引用

この二つの動きを駆動している心理は何だろうか。私は、ニーチェのルサンチマンという概念が似合うと思う。これは社会的弱者が抱く恨みや劣等感のような屈折した感情で、それが社会への攻撃に向かうと共産主義のような運動になり、内側に向かうとキリスト教のような宗教になる。乱暴にいうと、キリスト教は貧しい人々のルサンチマンに偽りの救済を売り込む史上最大の自己啓発運動だ、というのが晩年のニーチェの主張だ。キリスト教の与える「人生の意味」は偽りだから、その神学をつきつめると「人生に意味はない」というニヒリズムにたどりつかざるをえない。

・・・というニーチェの予言は現実のものとなりつつあるが、こういう自覚をもつのは、実は一部の知識層だけだ。大部分の民衆は、2000年前のキリスト教徒と同じように「貧しい者も努力すれば救われる」と信じて、何かにすがろうとするので、「生き方」本は同じようなことを書いても売れ続け、自己啓発セミナーや新宗教は次々に出てくる。

投稿: おおくぼ | 2009年11月11日 (水) 21時05分

>discussaoさん

>岡田斗司夫の場合はニーチェの影響という
>よりも、「ノーブレス・オブリージ」という
>発想じたいにニーチェの影響が及んでいる
>せいだろうと思います。

初期の著作である『ぼくたちの洗脳社会』から、世界を価値を作り上げる諸々の力のせめぎ合いと考えるニーチェ思想のバリエーションと読めなくもないかなと思ってます。

ただ「ニーチェの影響」については今のところ仮説の域を出ないので、語れるのは「ニーチェとの類似性」程度ですね。

投稿: 古賀 | 2009年11月11日 (水) 21時56分

>おおくぼさん

>私が山崎豊子さんに興味が沸いたのは、盗用
>の手口ではなく、盗用疑惑に対する対応の
>仕方なのです。

唐沢さんの場合は本人の対応もさることながら、その周辺(と学会など)もかなり興味深い反応をしめしていましたが、山崎豊子さんにもそういうのがあるのですか?

>ニーチェは唐沢俊一的だと思う。
>というか、唐沢俊一さんがニーチェ的なん
>でしょうけど・・・。

ニーチェ自身、ニーチェの批判しているルサンチマンの構図に良くあてはまるところがありますからね。
宮台さんは『ダ・ヴィンチ』の連載で、ニーチェは自ら称揚する(ディオニソス的な)ものをワーグナーのように実践できなかった頭でっかちと書いてます。

>http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51309750.html
>社会変革と自己啓発は逆のベクトルをもつ
>心の動きである。前者は社会の現状を変え
>ようとする外向きの動きだが、後者は現状を
>所与として「がんばれば報われる」と考える
>内向きの動きである。

「あまり癒しモードで問題を解決すると、社会変革の原動力が失われる」というのは宮台さんも言っておられました。

投稿: 古賀 | 2009年11月11日 (水) 22時27分

>「唐沢さんの場合は本人の対応もさることながら、その周辺(と学会など)もかなり興味深い反応をしめしていましたが、山崎豊子さんにもそういうのがあるのですか?」

その周辺の反応については・・・栗原裕一郎さんの『盗作の文学史』で、わかりやすく紹介されています。

とにかく文壇を巻き込んでの大騒ぎでした。
また出版社同士の戦いでもあったので、新聞や週刊誌も過熱しました。
特に朝日新聞社が、アンチ山崎派の報道で一貫しています。

山崎さんの盗用疑惑騒動は大きいのは3回あります。
1回目は山崎さんが謝罪し、2回目は出版社が謝罪したけど、山崎さんが譲らず、朝日新聞社を名誉毀損で訴えました。
これは和解で終了。
3回目は謝罪せず、盗用を全面否定し、訴えられましたが、文藝春秋社と山崎さんは一蓮托生で裁判にのぞみ、勝訴しています。

山崎さんを告訴した遠藤誉さんの『チャーズの検証』(明石書店)は、『大地の子』の盗用検証本ですが、山崎さんの精神分析になっていて、痛快な本です。
現在は絶版ですが、中古市場でも買えます。

投稿: おおくぼ | 2009年11月11日 (水) 23時16分

『オタク論!』の<『電波男』についての対談>読むと、ルサンチマンという言葉が出て来ます。

「唐沢 要するに、思い込みの激しいタイプなんですね。
よく、第一世代オタクはルサンチマンにとらわれていて、若い世代のオタクは、オタクであることが自然だから、純粋にオタクというものと対峙できるようになった、と言われているけど、これを読む限り、嘘ですね(笑)。

岡田 やっぱり芸になるのはルサンチマンだけですよ。
第一世代、つまり40代のオタクは、オタクであることにルサンチマンになり得たんだけど、30代のオタクはモテない、オンナに相手されないということがルサンチマンになっている。これから20代のオタクの人たちがルサンチマンをもって世に出よう、文学的なものを書こうとするならば、「オタクになれない」ことをルサンチマンにするしかないでしょうね。」


ちなみに、第一章の<秋葉原でオタクを語る>では、逆のことを語っているんですが・・・。

アキバ連続殺人事件の犯人は、オタクではありませんが、モテないことがルサンチマンだったので、この理論にあてはまるかもしれません。

投稿: おおくぼ | 2009年11月12日 (木) 00時21分

>おおくぼさん

『オタク論!』は読んでいないのですが、ここで話題になっている『電波男』の本田透さんはちゃんとニーチェのルサンチマン批判を踏まえつつあえてルサンチマンによる価値転倒を肯定するタイプですね(どうも哲学に詳しい人らしい)。恋愛資本主義批判もマルクスの資本主義批判をネタにしたパロディだと思ってます。

唐沢さんはルサンチマンの人ですが、岡田さんはルサンチマンを利用するのが上手い人だと思ってます。そこらへんが商売の成功と失敗を分けているんじゃないかと。

投稿: 古賀 | 2009年11月12日 (木) 20時30分

ちょっと横レス失礼します。
lhttp://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/priodical/futuretoy/futuretoy01.html
http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/priodical/futuretoy/futuretoy02.htm
自分もこういう古い玩具が大好きなのですが、岡田さんは心底こういうのが好きなんだなぁ、とひしひしと感じます。騙された話でもむしろ自慢するのは愛着が感じられます、唐沢(敬称略)は古本やアメリカンカートゥーンが好きとか抜かしてますけど、どこかの誰かが語ったような話しかしないのが共感を感じない故です。表面だけ好きなのはメッキが剝げます……もうボロボロですけど。

投稿: 猫遊軒猫八 | 2009年11月12日 (木) 22時12分

>猫遊軒猫八さん

通販のモノレールの話は笑いました。

岡田さんは「○○が好き」というのを「あえて自虐的に」とか「あえて否定的に」とかいろいろな側面から語ることができる人で、そのへんは見事ですね。

>騙された話でもむしろ自慢するのは
>愛着が感じられます

岡田さんはそういう良質な「オタク」としての面はあると思います。ただ商売としてルサンチマンにつけ込んで他人をコントロールしようとするようなところもあるかなと。


投稿: 古賀 | 2009年11月12日 (木) 23時58分

>古賀さん

>ただ商売としてルサンチマンにつけ込んで他人を
>コントロールしようとするようなところもあるかなと。

ネット上では岡田さんがGAINAXを追い出された顛末が面白可笑しくあれこと書かれていますけど、制作現場と齟齬があって懐を別けたというのはなんとなく伝わってきますね。……レコーディングダイエットの伝道師の岡田さんはどうも親近感を覚えません、戻ってこないのかなぁ。いまだに同社の筆頭株主だしもう一花咲かせて欲しいトコロですが。

投稿: 猫遊軒猫八 | 2009年11月13日 (金) 17時55分

>猫遊軒猫八さん

>戻ってこないのかなぁ。いまだに
>同社の筆頭株主だしもう一花咲か
>せて欲しいトコロですが。

何か話術を主軸にしながら「自分丸ごと商品」みたいな路線を模索しているような気がします。

投稿: 古賀 | 2009年11月13日 (金) 21時08分

岡田斗司夫が『未来玩具』他で模型・特撮を語ってる程度なら特に感想はないのですが、「オタク論」など言ってまがいものの大系的教養をひけらかすが始末におえません。
宮沢章夫との対談で音楽の話になり、日本のポップスを歌謡曲とアニソンに二分してアニソンさえあればいい(歌謡曲および洋楽は不要)旨述べ「(場内爆笑)」を呼んでいるのですが、こういう幼稚な言説を微笑むほど若くもないので感情的には唐沢よりも岡田に嫌悪感が向き勝ちです。
まあ岡田が、『ジョー90』テーマ曲が数多のアニソン中最もガレージ・サウンドである由縁とか、『行けレインボーマン』とGS『ジェノバ』との関連および北原じゅんの革新性とか語るようになったなら、少し考えが変わるかもしれませんが。

なお唐沢については、『社会派くんがゆく!オンライン』<勝手に死ぬな、加藤和彦>を読んでたいへん気分を害したので、上記コメントで多少でもフォローしているような箇所、すべて撤回いたします。

投稿: discussao | 2009年11月14日 (土) 21時41分

>discussaoさん

>「オタク論」など言ってまがいものの大系的教養を
>ひけらかすが始末におえません。

NIFTY SERVEで『オタクアミーゴス』の会議室が置かれていたのがコメディフォーラムであったことに象徴されるように、ネタ(面白い虚偽)と事実に基づいた評論を峻別しないのは岡田さんの悪癖で、しかもこれが根本的に改善されることはまあ無いんじゃないかとは思ってます。

>宮沢章夫との対談で音楽の話になり、日本のポップス
>を歌謡曲とアニソンに二分してアニソンさえあればい
>い(歌謡曲および洋楽は不要)旨述べ

岡田さんは客層の反応を見てウケそうな意見を言うので。

『オタク論!』はきっちり読んでないのですが、どうも『オタク学入門』の時より質の悪い(つまり書いていることを鵜呑みにする)客層をターゲットにしているような気がします。

ただ私は岡田さんには評価すべき点もあると思っています。そのへんは整理中です。

投稿: 古賀 | 2009年11月14日 (土) 22時21分

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