« 「そこら中、口に出したくない日本語だらけですよ。絶望した!声に出せばいいと思っている日本語教育に絶望した!」 漫画『さよなら絶望先生』第41.5話『日本沈黙』 作:久米田康治 | トップページ | 伊勢神宮が100円出して額に印を押すと誰でも天皇になれる「2600年のお血脈」を売り出した。 »

2006年12月 3日 (日)

「わたし以前、名古屋できしめんを食べている天皇に会った。お前と違った」「それ、南朝の天皇。私、北朝の天皇」「この間わたし、『神風串呂講究会』を主宰している天皇を見た。お前と違った」「それ、自称天皇、私、他称天皇」 そんなに何人も天皇がいてたまるものか。 筒井康隆『千代田区の爆弾』

確か「筒井康隆は天皇制のタブーに触れないからダメ」と誰か文芸評論家が言っていたような気がするので、ちょっとネットで調べたらこういう書評がありました。

渡部直巳著「不敬文学論序説」書評

>本書冒頭は筒井康隆『断筆宣言』結びの「文化国家の、文化としての小説が

>タブーなき言語の聖域となることを望んでやまぬ」という発言に対する批判

>から始まっているが、天皇のタブーに触れずにマイノリティのみを物語的

>欲望の格好の餌食にしてきた筒井のいう「文化としての小説」を走査し、

>そこに転移した暴力の痕跡を批評するという認識がここには貫かれている。

>したがって、これこそが「天皇のいる国民国家」を対象としたカルチュ

>ラル・スタディーズであり、その批評的実践なのだというべきだろう。

>未曾有の「不敬」な書物の出現を喜びたい。

「天皇のタブーに触れずマイノリティのみを物語的欲望の格好の餌食にしてきた」というのは、たぶん本書で渡部直巳氏が筒井先生を批判している言葉からきているのだと思われます。

自分の記憶では「ヒノマル酒場」で1回、漫画で1回天皇を小ネタにしていたのを覚えていますが、創価学会やNHKのようにメインで直球ネタにしたことはなかったように思います。

筒井康隆の3歳のときの断筆宣言 オークションで売り出される (虎馬新聞社)

 

(古賀)

« 「そこら中、口に出したくない日本語だらけですよ。絶望した!声に出せばいいと思っている日本語教育に絶望した!」 漫画『さよなら絶望先生』第41.5話『日本沈黙』 作:久米田康治 | トップページ | 伊勢神宮が100円出して額に印を押すと誰でも天皇になれる「2600年のお血脈」を売り出した。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/78610/12917801

この記事へのトラックバック一覧です: 「わたし以前、名古屋できしめんを食べている天皇に会った。お前と違った」「それ、南朝の天皇。私、北朝の天皇」「この間わたし、『神風串呂講究会』を主宰している天皇を見た。お前と違った」「それ、自称天皇、私、他称天皇」 そんなに何人も天皇がいてたまるものか。 筒井康隆『千代田区の爆弾』:

« 「そこら中、口に出したくない日本語だらけですよ。絶望した!声に出せばいいと思っている日本語教育に絶望した!」 漫画『さよなら絶望先生』第41.5話『日本沈黙』 作:久米田康治 | トップページ | 伊勢神宮が100円出して額に印を押すと誰でも天皇になれる「2600年のお血脈」を売り出した。 »