●火星のツァラトゥストラ
『唐沢俊一検証blog』にちょこっとコメントしたことの補足。
>現実に勝利できないときには価値体系を転倒して自分が
>上位に立てるような価値体系を作り出すのが唐沢さんの
>得意とする手法ですからね。
と書いたのは、唐沢さんがニーチェ風にいえばルサンチマン的思想の持ち主だとの考えからです。
ニーチェのルサンチマン(奴隷道徳)についての考えと、唐沢さんの元発言を並べてみましょう。
>すべての貴族道徳は自己自身に対する
>勝ち誇れる肯定から生まれでるのに反し、
>奴隷道徳は初めからして〈外のもの〉・〈他
>のもの〉・〈自己ならぬ〉ものにたいし否と
>言う。つまりこの否定こそが、それの創造
>行為なのだ。
(『善悪の悲願 道徳の系譜』ニーチェ全集11 P393)
>「プロレスとはそんなに偉いものなのか」
>という問いかけこそ、私がこれまで、ありと
>あらゆる分野に向けて発し続けたものである。
(『裏モノ日記 2001年12月29日』
こうして対比すると唐沢さんのものいいが「ルサンチマン」から発していることが非常にわかりやすい。自ら「ありとあらゆる分野に、『否』を発し続けてきた」と書いている。Kensyouhanさんが書いているように、そもそもあるジャンルが「偉い」か「偉く」なんて、ファンにとってまるで本質的な問題ではないのだが。
ちなみにニーチェ的に正しい(ルサンチマンにとらわれていない)プロレスファンとは、「プロレス自体に肯定的価値を見いだす人。他とくらべて偉いとも偉くないとも思わず単にプロレスが好きな人。『好き』ということに自足し、『好き』から出発する活動に満足を見いだす人」でしょうね。
「すべての高貴なファン(マニア&オタク)は自己自身に対する勝ち誇れる肯定から生まれでるのに反し、唐沢俊一は初めからして〈外のもの〉・〈他のもの〉・〈自己ならぬ〉ものにたいし否と言う。つまりこの否定こそが、それの創造行為なのだ。」
【関連情報】
『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ。』(唐沢俊一検証blog)
『ルサンチマン』(Wikipedia)
『怨念戦隊ルサンチマン』((Wikipedia)
(古賀)
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