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2008年9月

2008年9月 1日 (月)

イエス・キリストの憂鬱

谷川流作

神をいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それまで俺がいつまでヤハウェなどという想像上の天地創造じーさんを信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。
(中略)
俺が朝目覚めて夜眠るまでのこのフツーの世界に比べて、神話的伝説的物語の中に描かれる世界のなんと魅力的なことだろう。俺もこんな世界に生まれたかった!
エジプト人に奴隷にされている人々を救い出すため海を真っ二つにしたり、イケメンを武器に天界の改変を計る天使長を智恵と勇気で撃退したり、巨人をパチンコ一発で片づけたり、ファラオの魔術師とサイキックバトルを繰り広げたり、つまりそんなことをしたかった!
いや待て冷静になれ。仮に悪霊や(以下略)が襲撃してきたとしても俺自身には何の特殊能力もなく太刀打ちできるはずがない。ってことで俺は考えたね。ある日突然謎のナザレ人が俺のところにやって来て、そいつが実は神の子とか救世主とかまあそんな感じで得体の知れない力なんかを持っていたりして、でもって悪い奴らなんかと戦っていたりして、俺もその闘いに巻き込まれたりすることになればいーじゃん。メインで戦うのはそいつ。俺はフォロー役。おお素晴らしい、頭いーな俺。
そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨もなく収税人になり――、
イエス・キリストと出会った。
(中略)
イエス「ただの漁師には興味ありません。この中に人間をとる漁師になりたい人がいたらあたしのところに来なさい。以上」
ペテロとアンデレ「ここ、笑うとこ?」
結果から言うと、それはギャグでも笑いどころでもなかった。イエス・キリストはいつだろうがどこだろうが冗談などは言わない。常に大マジなのだ。
のちに身をもってそのことを知った俺(マタイ)が言うんだから間違いない。
このように短期間でガリラヤ全地の人々のハートをいろんな意味でキャッチしたイエス・キリストだが、しばらくはわりとおとなしく一見無害な福音を宣べ伝える救世主を演じていた。
(参考:マタイによる福音書第4章、『涼宮ハルヒの憂鬱』P5~P12)

【関連情報】

『マタイによる福音書』(Wikipedia

『イエス・キリスト』(Wikipedia

『涼宮ハルヒシリーズ』(Wikipedia

 
(古賀)

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